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岡山地方裁判所 昭和29年(行)16号 判決

原告 中備殖産株式会社

被告 笠岡税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として「被告が原告に対し昭和二十九年二月二十八日更正決定した昭和二十八年一月一日より同年十二月三十一日までの事業年度の法人税額七十八万九千三百四十円は六十九万一千九百円と変更する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として(一)被告は昭和二十九年二月二十八日原告に対し昭和二十八年一月一日より同年十二月三十一日までの事業年度分法人所得金額につき原告よりなした申告税額六十七万七百八十円を七十八万九千三百四十円と更正決定した。(二)右更正決定の理由は被告が遠藤義男、塩飽似滝、坂本勇各取締役に対する夏季及び年末の各手当を益金に算入したため生じたものである。(三)然し、原告会社は金融を業とする株式会社で遠藤義男は代表取締役、塩飽似滝、坂本勇はそれぞれ常務取締役であるが、右取締役三名はいずれも使用人としての職務を兼務するものであり、即ち同人等は取締役本来の職務のほか、遠藤義男は金銭出納、調査の仕事を、塩飽似滝、坂本勇は調査、貸金の回収等の仕事をしており、且つ使用人賞与として支給したものであるから税務会計上当然損金として取扱われるべきものである。(四)右事情で原告は昭和二十九年四月二十四日広島国税局長に対し審査の請求をなしたが、同年八月中旬頃右請求は棄却せられたので本訴に及んだと述べ、被告の主張に対し、被告が使用人兼務役員の解釈に付いて主張するところは原告の認めないところで本件賞与が法人税法第九条の総損金の概念中にあり、従つて総益金より本件賞与を含む総損金が差引かれたものが課税標準になると信ずる。企業所有と企業経営が漸次分離して来ているが企業経営は取締役の権限であり、而して企業経営の概念中原告会社の如く、借主の調査、督促、集金、交渉の如き事務は生産会社における従業員が商品を加工するが如く、又経理係、人事係員が経理事務、給料支払をなすが如き事務に相当するものである。取締役の職務権限は商法第二百五十四条の二に定められているがこれを一言にしていえば企業の構成及び最高方針の決定であり、代表取締役としては会社の最高方針に基き決定された意思を統かつしてこれを実行せしめるにあるので、それ以外のことについては、これは代表取締役としての職務ではなく使用人としての職務である。使用人としての職務に対する賞与は損金として税法上取扱われていることは常識上疑のないところである。即ち取締役として取締役会においてその権限を行使すると共に使用人としての仕事に従事している場合取締役としての賞与と、使用人としての賞与が明かにされていれば、前者については免も角、後者については損金として取扱うべきである。仮りにその比率について疑がある場合は十分な調査をなし事実を明確にして納税者の正当な申告をなさしめるよう努力すべき義務がある。本件の如く役員賞与と別に使用人賞与を支給した場合直ちにこれに対し更正決定をなすが如きは不法な行政処分である。被告は使用人賞与と役員賞与を分別計算出来ないというが原告としては別表(一)のとおり明かにこれをなしており、其の基準を何処におくかの点にあるとすればそれは被告が原告に十分説明をなした上でなければ出来ないことであると述べた。

(立証省略)

被告指定代理人等は主文同趣旨の判決を求め、原告の請求原因に対し(一)(二)(四)は認める。(三)は争う。被告は当該事業年度の原告の法人所得について周到なる調査を行つて算出した所得金額を適正なる手続によつて原告に更正処分したものであるから右更正処分を取消す事由はないと答え、次のとおり述べた。

原告会社の役員に対する手当(夏季、年末)は税務会計上損金処分すべき性質のものではない。税務会計上使用人兼務役員とは(イ)使用人兼務とは一般会社員から順次昇進して会社の役員となつてもなお社員としての仕事を業務しているような役員、(ロ)永年勤務した従業員を功労によつて工場長兼取締役にする。(ハ)個人商店が法人に組織換えを行うに際して番頭を営業部長兼取締役に昇進させた等の場合のように名義だけ会社役員であつて、会社の企業運営を行う担当役員と異なるものである。而して使用人兼務役員に対する賞与に関する税務上の取扱について前記のような役員であつて依然使用人としての職務を行つている者に対してまず一律に役員賞与として課税することは適当でないので税務上はかかる使用人分の賞与に対して特別の取扱を定めたものである。即ち役員としての業務に対する支給額と使用人としての業務に対する支給額が経理上明瞭に区分して計算されたものであればこれを損金として経理することを税務会計上も認めるものである。従つてこの場合使用人としての支給手続と役員としての支給手続とが判然と区別されていなければならない。原告会社の役員は前記の如き所謂使用人兼務役員ではない。即ち原告会社は遠藤義男、塩飽似滝、坂本勇、坂本富太郎、山成愛一、高田武夫、福山丈三郎が発起人となつて原告会社の発行総株の約七割強を引受けて出資し、昭和二十六年五月十五日に原告会社を設立した上、発起人はそれぞれ会社の役員に就任して会社設立以前に遠藤義男が個人で経営していた金融業を引継いで会社の事業とし会社業務執行にあたつてそれぞれ実権をもつていたものである。

その後昭和二十八年一月二十四日、同年二月九日の取締役会によつて増資を決議するとともにその増資に伴う新株の募集についても極力現役員の親類縁者等から募集するように決議したうえ、右決議の趣旨により昭和二十八年三月十八日に増資を行つたものである。然して増資の結果その出資者の状況は一見すれば会社役員と無関係者が多数をしめているようであるが、その内容は現役員と特殊関係にある同族的色彩が濃厚であつて会社の事業経営の実権は依然として役員の掌中にあつたものといわれる。

又会社事業の運営面からみても金融を業とする原告会社が健全なる業務運営を行うために低利資金の調達と確実有利な貸付と回収を行う必要があることは今更論をまたないところであるが、原告会社の役員は貸付回収については勿論資金の調達の面においても役員の近親者から調達している関係上会社役員の一方的な決議によつて会社の事業業績に応じて借入利息を定めるような実権をもつて運営しているものである。即ち会社設立当時の会社事業の運転資金は常任役員(遠藤義男、塩飽似滝、坂本勇の三人)からの借入金を運転資金として貸付を行い、その後運転資金の拡充のため役員の親類縁者から借入を行つていることは原告会社の取締役会の議事録、決算書等によつてみても明かであり、原告会社においては、役員本人あるいはその親類縁者から会社の事業資金を調達し得る者が役員に就任し、会社事業を行つているものであつて会社の運転資金がすべて役員と特殊関係のある者かな調達されているため、会社の右借入金に対する利息の支払についても、会社の事業成績状況等に応じて取締役会の議決によつて一方的に値下して支払い(支払利息等の値下を取締会において決議している)会社事業を行うことができたのである。かくの如く役員及び役員の近親者から調達した資金でもつて会社の事業を経営する場合、その貸付並びに回収の確実、適確を期することは役員として当然のことである。特に前述の如き特殊事情にある原告会社にあつては貸付金の貸付回収等の成績は会社自体は勿論会社役員及びその親類縁者等からの会社借入金の返還利息の支払等について直接間接に影響しているものであつて、かかる特殊な実状にある原告会社にあつては会社設立以来会社の責任者たる遠藤義男、塩飽似滝、坂本勇の常任役員に会社事業の運営並びにこれが施行について実権がゆだねられていたことは明らかである。

以上要するに原告会社は常任役員が発起人、出資者であり、会社運転資金が役員あるいは役員の親類縁故者から調達されている等の特殊事情にある会社にして原告会社のように比較的小規模な会社にあつては、金融業務の生命ともいわれる貸付業務、回収業務等について万全を期することは当然であり、貸付先の調査、金銭の授受、整理等の重要事項については役員が事業運営の責任者として当然行うべき努力である。ことに遠藤義男は当該年度の中途において代表取締役社長に就任している等のこと、又他の二名も常任の取締役として常時会社経営方針の企画に参与し実施等について監督しているものであつて税務会計上の使用人兼務役員ではない。更に原告会社は敍上三名の取締役の使用人としての手当と役員としての手当の支給区分の分別計算をしていない。原告会社の役員に対して年二回の手当の支給にあたつてはいずれも取締役会において支給割合を支給時の現況と会社決算上の会社利益等を勘案して支給の都度定めて支給されたものであつて、前記の区別計理の上区分して支給されたものでなく、役員に対する賞与として支給され、これを役員等は受領している。

原告会社の役員に対する敍上賞与はいずれもその支給額があらかじめ定められていないものである。税務会計上における賞与とは賞与と称するもののほか、その名称の如何を問わずあらかじめ支給額の定めのない給与をいうのであつて、原告会社の定款において定められている役員に対する報酬は役員に対する給料を意味するものである。(原告会社の決算書によつて支給が「報酬給料勘定」と「諸手当勘定」とによつて区分計理してあることより見ても明かである。)即ち役員に対する賞与は株主が役員に委託して行わしめる会社運営業務の執行によりあげ得たる業績を勘案して役員の労に報ゆる謝金であつて、その業績(会社利益)中より株主の承認を得て支出されるものであるが原告会社にはかかる事蹟はなく、又かかる会社の業績はその年度の始において想定することは出来ないことは明かであつて、定款に定められる報酬中には役員に支給される賞与は含まれないのである。然して原告会社の役員に対する手当支給状況を見るに前記の如く取締役会において役員が役員の支給額を定めてそれぞれ支給をうけているが取締役会において賞与等を定めることは原告会社の定款にはその委任規定がなく、又株主総会の承認した事蹟がない以上、たとえ取締役会において支給前に支給額を定めたとしてもあらかじめ支給額を定めたものとはいえない。

以上の如く原告会社の役員はいずれも会社役員としての業務を執行しており役員に対する支給手当は役員としてその総額の支給をうけているものであるとともに手当は取締役会によつて会社の業績により決定されたものであつて、その支給額は株主総会の承認又は定款によつてあらかじめ定められていたものではないから役員に対する賞与と判断して課税処分したものである。

(立証省略)

理由

原告会社は金融業を目的とする株式会社であり、遠藤義男は代表取締役、塩飽似滝、坂本勇はそれぞれ常務取締役であつたこと原告会社は昭和二十八年一月一日より同年十二月三十一日までの事業年度の同会社の法人所得金額に対する所得税額を六十七万七百八十円と申告したところ、被告は原告会社の遠藤義男、塩飽似滝、坂本勇各取締役に対する夏季及び年末の手当は役員賞与であるから利益処分金であるとし課税の対象となすべきであるとの理由により、昭和二十九年二月二十八日右申告税額を七十八万九千三百四十円と更正決定した。そこで原告会社は同年四月二十四日広島国税局長に対し審査の請求をなしたが同年八月右請求は棄却せられたことは当事者間に争がない。

ところで被告は原告会社の遠藤義男、塩飽似滝、坂本勇各取締役に対する夏季及び年末の手当は役員賞与であり税務会計上利益処分金に算入し課税の対象となすべきであると主張するのに対し原告は右三名の取締役は取締役本来の職務を行うと同時に使用人としての職務に従事しており、同人等に対する本件賞与は使用人賞与として支給したものであるから当然損金処分となすべきものであると抗争するので先ずこの点について判断する。

証人高田武夫の証言、原告会社代表者遠藤義男尋問の結果によれば、原告会社は小企業で従業員も僅かであつて、前記遠藤義男、塩飽似滝、坂本勇各取締役は取締役本来の職務のほか、遠藤は経理関係、塩飽、坂本は調査貸付、鑑定等会社の一般事務の処理にあたつていることが認められる。しかしながら会社の役員が役員固有の職務のほか会社の一般事務を司つていることから直ちに所謂使用人兼務役員となし、これらの者に対して支給せられた所定の報酬以外の手当を一般従業員の賞与と同様に税務会計上損金処分となすべきものと認むべきかは遽に断ぜられないところであつて、会社の実態、当該役員の会社における実質上の地位役割その他の事情を勘案し具体的事案に即して決せられるべきところである。

前掲証人高田武夫の証言、原告会代表者遠藤義男尋問の結果の各一部、証人坂根尊の証言、成立に争のない乙第三号証に弁論の全趣旨を綜合すると、原告会社は前記遠藤義男、塩飽似滝、坂本勇を含む数名のものを中心にして設立せられた同族会社的色彩の濃厚な小会社で、右三名はいずれも会社設立当初からの取締役であり、特に遠藤義男は当該係争年度の中途において代表取締役に就任しており、塩飽似滝、坂本勇は当時常任取締役であつて、いずれも会社運営に関し実権を持つており、たとえ同人等が前認定の如き事務に従事していたとしてもその実質はあくまで企業経営の中枢的立場にあつた。当時遠藤取締役の給料は月額約四万円、塩飽、坂本両取締役のそれは約三万円で、その当時、その地方における同等程度の他の会社重役のそれと較べ決して低額ではなく、寧ろ高給の部に属し、本件賞与が特に給料の補給的実質をもつものではない。そうして本件賞与を決定するに当つては株主総会の議決を経ることなく当期における会社利益を勘案し、正規の手続によらない取締役会の決議のみによつてなされ、被告主張の如き分別計算もなされていない。以上のことが認められる。証人高田武夫の証言及び原告会社代表者遠藤義男尋問中以上認定に反する部分は措信出来ず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

前認定にかかる諸事情特に原告会社の実態及び当該役員等の会社における地位、立場を考慮すると遠藤義男、塩飽似滝、坂本勇に支給された賞与はいわゆる使用人兼務役員の使用人賞与とは認められず役員賞与と認めるのが相当である。

そもそも役員賞与とは予め定められた報酬とは別に企業経営によりあげ得た業績に対する報賞として会社利益を勘案して所定の手続を経て利益金より支出されるべきものであつて、いわゆる益金処分にあたり必要経費たるの性質を持つものでなく少くとも現在の経済状勢下においては給与の補給的性格を有するところのいわゆる従業員の賞与とは自ら区別して考えられなければならない。

叙上の次第であるから爾余の争点につき判断を俟つまでもなく被告のなした更正決定は相当であつたわけで、これが変更を求める原告の本訴請求は失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林歓一 藤村辻夫 野曾原秀尚)

(別紙省略)

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